皆さん、こんにちは
私が趣味で造っていたものが、長谷弘工業さんのおかげで全国発売になって、たいへん光栄に思っています。
備前焼インシュレーター「ヒダスキ」について語る前に、やはり私のプロフィールからお話した方がよいかも知れません。 いま少しお付き合いください。
さて、私がオーディオにハマッタのは16-7才の頃でした。
アルバイトで貯めたお金で最初に購入したのがソニーTA1120の中古品でした。これだけでは音が出るはずもなく、あとのシステムは・というとお金が足らず、しばらくはアンプだけ眺めて暮らす毎日でした。
音楽なんて一度も聴いていないのに、今思えばこの頃が一番楽しかったような気がします。
親のスネをかじり、しばらくしてやっとの想いで手に入れたのが、パイオニアのプレーヤーPL-25E、スピーカーは同じくパイオニアのPAX-A25Hに自作の箱を作って・・・・・・あれから、もう30有余年になるんですねえ。
こんな記憶をたどりながら、この原稿を書いていると、なんだか昔が懐かしく思えてなりません。
当時は未だモジュラーステレオ全盛期の頃でコンポーネントという言葉がようやく定着し始めた頃でした。
勿論、販売されているインシュレーターなどはどこにもなかったように思います。
スピーカー台(当時はインシュレーターと言われていない)にはブロックをむき出しで使っていましたが、音の変化は手に取るように分かりました。
セッティングには、ブロックの距離、高さ、壁からの距離でコロコロ音が変り、定位置に納まるまでにはスピーカーの底はいつも傷だらけでした。
この、ブロックを使うようになったのは、確か先人の方が経験された事がオーディオ雑誌に載っていて、これはと思い真似をしたような気がします。
スピーカー台にブロックを使い初めてから、おそらく10年近くは変らなかったと思います。
私はスピーカーの買い替え(殆どは買い溜め)はアンプに比べて少ない方でしたが、自作を除くとダイヤトーンDS251から始まり、同MKⅡ、261,28B、山水モニター2115、JBL4320くらいまでは全てブロックでした。
ブロックの値段はいつの時代かはハッキリしませんが一個50円で買った記憶があります。
だいたいは、左右計4個で事は足りたのです。
今でも、もしかしたらブロックが一番安上がりで音が良いのかも知れません。
見た目が悪く、床、スピーカーに傷が付くのを我慢すればの話ですが・・・。
この、スピーカー台にブロックを使う事を私は大発見だと思うのですが、当時の先駆者(評論家?)の方の名前が思い浮かびません。
個人的にはノーベル賞を差し上げたいと思うくらい大発見ですよ。絶対にこれは。
オーディオ業界の売上に何ら寄与せず、全国どれだけの「オーディオファンを悦ばせたか」を考えると本当にスゴイの一言です。
こんな青春時代を過ごした私は、とうとう音楽人間になってしまい、ヤマハに就職するようになるのですが、私のオーディオシステムの音を聴いた寮の住人の内、10人以上が確実にオーディオにハマッテ行きました。
誰もがスピーカー台にはブロックを使い、あーでもない・こーでもないとやるもんだから、やがて寮の畳はボロボロになっていったのでした。今考えると申し訳なかったです・ゴメンナサイ。
今でも時間さえ許せば、カウンセリングに出かけてはオーディオ仲間を増やして、いつの間にか友人同士の付き合いが始まっております。
そんなわけで、私が趣味で造って楽しんでいた「ヒダスキ」がどんどん拡がり、長谷弘工業の社長さんの目に(耳かな)留まった訳です。
「ヒダスキ」の事を書くつもりでプロローグが長くなり過ぎましたので、また次の機会にさせて頂きます。
最後までお付き合い下さって有難う御座いました。